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戰爭を美化するといふこと

  • 2010/06/16(水) 02:59:19

 ある人から、前の大戰に關する本を紹介して欲しいと言はれ、心に留めてゐた本を紹介したことがありました。すると「當時の人の偽りのない心理を知りたいのです。戰爭を美化してゐない、戰爭の悲惨さや醜さを當時の方が語ったやうな本はないか」と再度請はれて、閉口したことがあります。

 美化してゐないものが、當時の人々の心を表したものだとは限りません。そして美化されてゐるやうに見えるものが、當時の人々や戦後の人々の心を表してゐないものだとも限らないでせう。私はその人にかう言った記憶があります。當時の方の偽りのない心を本當に知りたいと仰るのなら、戰爭は悲惨で醜いものであり、それらが語られてゐなければ「美化されてゐる」とするやうな呑氣な考へなど、さっさと捨てるべきだと思ひます、と。

 私が最初に紹介した本の中に、神坂次郎さんの「今日われ生きてあり」(新潮文庫)がありました。神坂さんは戰時中飛行兵で、通信係の任にあった方です。「(先の大戰には)美があり醜があり、勇があり怯があった」と當時を語りながら、「心を罩めて書けば書くほどその作品が、戦争を知らない若い世代からさらに乖離していくような思いがしてならない」と書き記してゐます。

 期せずしてこの本を讀んだといふおじいさんから言はれたことが、また心に突き刺さりました。「全くその通りです。戰後は、戰爭について醜と怯ばかりが採り上げられて、それが受け容れられてゐます。特にテレビはさうです。少しでも美や勇を話さうものなら『戰爭を美化してゐる』としか受け止めてくれない。もっと反省すべきだと言はれ兼ねない。でも、戰爭といふ時代も私達の人生ですよ。どんなに苦しい不幸な時代であったと言はれても、日々の生活なのですから、心が奮ひ立つやうな感動だってあるんです。それをどうして戰爭を美化してゐると、そんな感動は偽物だと、騙されてゐたのだと、感化されてゐたのだと篩に掛けたがるのでせうかね。こんなことを言はれるために、私の友達は、尊い命を捧げて征ったのかと思ふと、本當に無念なのです。もちろん戰爭は二度と御免です。しかし、人のことを都合良く否定しておきながら、悲惨な話ばかり聞きたがって、それで眞相を知りたいなどと言はれると、結局『あなたらに話しても決してわかっては貰へない』と思ふやうになるんです。だから心ある人は口をつぐんでしまふんですよ。」と。

 このおじいさんが、どうして今まで戰爭の話をしなかったのか。その理由は、戰爭が悲惨だったからではなく、お話を聞かうとする私達の心の方に、大きな問題があるのではないか、私達が戰爭を「醜化」してゐるのではないか、さう氣づいた瞬間でした。
 

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