FC2ブログ

スポンサーサイト

  • --/--/--(--) --:--:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

教育について

  • 2010/04/20(火) 17:35:12

 今から20年以上前、私が大學の教職課程を履修してゐた頃は、アメリカにおける自由主義的教育方法を優れたものとする風潮があった。「オープンスクール」や「單位制」の導入などは、子供の自主性を育み、社會における主體性を持った市民を生み出す、優れた教育方法だといふ雰圍氣で、それに疑問を差し挟めば、たちどころに保守派と見られるやうな、どうもそんな雰圍氣があったやうに記憶してゐる。

 公立高等學校においては、「單位制導入」「專門コース選擇制の導入」の學校が出現し、實施する學校の入試倍率が跳ね上がった。また義務教育の場でも、「オープンスクールの導入」「チャイムの廃止」「男女混合の出席表作成」「始業終業の起立・禮の廃止」「整列・點呼・基本教練(気をつけ、回れ右など)の廃止」などが次々に圖られて行った。

 そのいづれもが、生徒の意思や自主性を何よりも重視し、尊重すべきで、教師はその手助けをするに過ぎないといふ考へに基づくのだが、さうした教育方法こそ「優れたもの」「進んだもの」とする趣が、マスコミの報道にもあったことを覺えてゐる。

 當時の風潮からしたら、言ふまでもなく、アメリカの教育の根本は民主主義社會における個人の確立の實現であり、かつての日本の教育方法は全體主義國家における誤った教育方法であると斷定して、これらを對比させ、アメリカの教育方法の正當性を主張してゐたのだった。

 しかし、いづれも、「日本はかつて云々」「アメリカでは以前からこのやうに云々」といふ科白が出てくることに、なんとはなしに腹が立ったものだった。それは、別に私がアメリカが嫌いだといふわけではなく、「優れたもの」として日本で採用されつつあるアメリカの教育方法を、そんなに優れたものだとは思へなかったからである。

 その當時、テレビの深夜放送が開始された。主に海外のニュース番組だったが、退屈しのぎにそのやうなものを見てゐると、優れた教育方法を持つはずのアメリカで、當時の日本では考へられないやうな事件が家庭内や兒童に頻發してをり、社會の大きな問題になってゐることを知った。

・離婚者數の激増とそれに伴う訴訟の増大
・親権者の育兒放棄と死に至るまでの虐待
・しつけの崩壊
・授業崩壊や教師への傷害事件
・近親相姦
・性交渉の低年齢化
・非合法薬物依存の蔓延と低年齢化
・猟奇殺人犯の低年齢化
・適応障害児童の増加

 日本では、アメリカのこのやうな事件はあまり問題視されなかった。日本にそのやうな「異常な犯罪」事件は少なく、他の國の、「極度に發展したが故の社會現象」として論ふ向きが殆どで、問題の根本にあるものについては、まづ議論されることもなかったやうに思ふ。まさかそんな事件が、この日本で毎日頻繁に起こるやうになるとは、思ってもみなかったのであらう。日本では、なんと言っても、アメリカの市民が起こす悲惨な事件と言へば「銃による犯罪」であり、それはアメリカの「銃社會」に原因があるやうな論調が壓倒的であった。まるで銃さへなければ事は解決するかのやうな、お目出度い結論を導いてゐたやうに思ふ。

 海外のニュースは、アメリカの悲惨な數々の事件について、その根本にある「家族の絆の断絶」に的を絞ってゐたやうに思ふ。家族の絆を取り戻す教育や活動の再檢討を促すプログラムや、實施してゐる機關のレポートなどが、連日報道されてゐた。

 教育先進國だと思はれてゐたアメリカで、そのやうな事態になってゐるのなら、その教育方法を採り入れれば、日本もやがて同じ事態になる。その警鐘を鳴らしてゐたのは、ごく一部の識者に過ぎず、私の記憶では、八木秀次氏も、さうしたお一人だった。

 當然、「家族や社會や國家の呪縛から少しでも離れ、個人を確立させることこそが眞の民主主義であり、人類の理想である」といふ考へ方を推し進めようとしてゐた日本のインテリや教育者は、アメリカの現實から國民の目を反らす必要があった。しかし、それは實に簡單だった。

 要するに、新しい教育方法を吟味させなければよいのだ。「かつての日本の教育は、軍國主義的國民を作り上げるためのものだった、そもそも日本にはまともに教育と呼べるやうなものはない」と斷罪することで、自己の立脚するものを破壊し、そもそも自分には立脚するものなどなかったのだと思はせる、マインドコントロールを實施するである。そして、「今あるのは、軍國主義教育の名殘だけで、これを完全に拂拭するところから新しい教育が始まる」といふ美名の元に、新しい教育方法がさも優れたものであるかのやうに刷り込んでかかればよいのだ。テレビ・ラジオ・新聞・雑誌などのメディアは、彼らの重要なツールであった。

 過去の惡い教育か、先進國の優れた教育か、國民にどちらかを選ばせるようにし向ければよいのである。おそらく、私が腹立たしく思ってゐたのは、教育といふ大事を、そのやうな姑息な手段を用ゐて方向付けようとしてゐたことに對してだったのだらうと思ふ。

 結局、當時アメリカのインテリが個人主義の反省と家族の絆を深める教育を求めてゐたのに對し、日本のインテリは既にアメリカで失敗した教育方法を、さも先進的なものとして採り入れたのである。




 さて、それから20年以上が經ち、下は、今日のYahoo!ニュースの「児童虐待」のリンク先に出た一覧だ。

* 現場から記者リポート:児童虐待の相談急増 早期の情報把握を /滋賀(毎日新聞)20日 - 13時44分
* 暴行:県立児童福祉施設の職員が男児を 9人に18件確認 /静岡(毎日新聞)20日 - 11時23分
* <虐待>同居の4歳女児殴る 26歳の男を容疑で逮捕 大阪(毎日新聞)20日 - 10時28分
* 県立養護施設で職員の児童虐待18件 静岡県が発表(産経新聞)20日 - 7時57分
* 「生徒指導提要」30年ぶり抜本改定 「ネットいじめ」「虐待問題」対応(産経新聞)19日 - 12時15分
* 性的虐待、56%が1年以上…実父最多34%(読売新聞)19日 - 8時33分
* 大阪市の虐待通報、前年度比の1・5倍に 児相の人手不足深刻(産経新聞)19日 - 3時10分
* <福岡3歳児虐待>31歳継父も逮捕、浴槽に監禁容疑(毎日新聞)17日 - 19時53分
* 3歳女児を浴槽に監禁容疑=同居の夫逮捕、夫婦で虐待か-福岡県警(時事通信)17日 - 19時39分
* 3歳娘、浴槽に縛り付けて監禁…父親も逮捕(読売新聞)17日 - 17時35分

 耳をふさぎ、目を背けたくなるような事件が、よくもまぁこんなに毎日途切れることもなく起きてゐるものだ。虐待をした親の年齢を見ると、生徒の自主性を何よりも重んじようとした個人主義教育が推し進められた世代のやうだ。これは單なる偶然か、それともまだ「發展したが故の社會現象」と言ふのだらうか。
 

スポンサーサイト

この記事に対するトラックバック

この記事のトラックバックURL

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事に対するコメント

コメント投稿

管理者にだけ表示を許可する
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。