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小林秀雄

  • 2009/12/25(金) 00:59:45

 何しろ學生の時分だつたので、今からもう20年も前のことになるが、小林秀雄先生が夢の中に現れたことがあつた。公開講座だか何だか、よくはわからないが、先生は大學の教室でご講義をされてゐた。私は教室の入口近くの一番前の席で、ノオトにメモを取りながら、懸命に先生のお話を聽いてゐたのだが、さて、ご講義がどういふ内容だつたのかは、さつぱり覺えてゐない。

 やがて、先生はご講義を終へ、係員と一緒に教室を出られた。私は、すぐに教室を飛出し、先生をお呼びした。先生は立ち止つて、くるりとこちらを向かれ、私の顏を見られた。周りの係の方よりも、先生は幾分か小柄な方であつた。丁度その頃、私は輪讀會で先生の『美を求める心』を讀み終へたばかりだつた。私は自己紹介もそこそこに、自分は今まで物事を理知的に解釋する事を面白がつてゐたが、實はそれは自己を正當化し、安穩としてゐただけだったのではないのかと思ふと言ひ、そして、先生の文章を讀み重ねてきて、本当に自分は物事がわかつてゐるのだらうか、わかつたと思つてゐるに過ぎないのではないか、まづ、ただ物をぢつと見つめ、見つめ續ける努力が必要なのではないだらうか、と、心中に擴がり始めた新しい世界の興奮を打ちつけに言放つた。先生は「ああ、さう」と少し微笑んで仰つた。丁度年輩の方が、私達若い者に向けて、社交上微笑むやうな御表情であつたが、先生は横を向かれて、今度は廊下の窓の外にでも眼をやつてをられるやうであつた。そして暫く黙つてをられた。私は先生のお言葉を待つた。

 すると先生はおもむろに私の方へ身體を乗出されて、私の喉の邊りに眼をやりながら、人差指を輕く立て、リズムを取りながら、かう仰つた。「君ねえ、一つ、どうか、僕の本を枕なんかにしないでおくれよ、ねえ」と。私は、身も心も一氣に緊張して、「はい」とお返事するのみだった。先生は私の顏を見て、また微笑まれた。係の方も微笑まれてゐた。くるりと背を向けられ、先生はポケットに手を突込み、うつむき加減で、係の方と一緒に廊下を歩いて行かれた。

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