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心の原風景

  • 2010/01/06(水) 00:03:58

 旅の広告などでよく見かける、「心の原風景」といふ言葉。わかったやうなわからないやうな言葉だが、なんとなく、誰でもそのやうなものを持ってゐるやうな氣がしてしまふ。現實には見たこともない、或いはどこの何の風景かを思ひ出せないのに、懐かしく感じてしまふ風景。宮崎駿の映畫など、それだらけのやうに思ふ。

 去年だったか、こんな夢を見た。

 真夏の暑い日に、飛び込みの営業に回ってゐた。ネクタイを締め、上着を着て、全身に汗を滲ませながら、アテもなく、田と畑の間の砂利道を歩いた。

 もう日が傾きかけてゐた。ふと見ると、2階建てくらゐの、古い団地の建物が、土手の上にあった。黄土色の外壁は、雲一つない夏の濃い西日に照らされ、強いコントラストを映し出してゐた。大きな窓にはすだれが掛かってゐたり、ぽっかりと黒い穴を開けてゐたり。私は急に懐かしい心地になり、そこに立ち止まった。

 土手から降りる砂利道の端では、汚れた半ズボンにランニングシャツの子供達が、しゃがんで互ひの頭を寄せ合って何かしてゐたり、騒ぎながら走り回ったりしてゐる。砂利道の真ん中では、割烹着の母親達が、買い物カゴを片手に井戸端会議をしてゐる。あと數分もすれば、母親達は「もう晩ご飯だよ、家へお歸り!」と子供達を怒鳴りつけて、散會するに違ひない。鳴きしきる蝉の聲と、一層コントラストを強くした夏の空と団地と砂利道。

 少年がこちらに駆けてくる。少年は無表情だが、間違ひなく、何かを求めて、私の横を駆け抜けて行く。私は少年の陽に焼けた顏や細い腕に、容赦なくあたってゐる真夏の西日の暑さと、そこらにてんでに生えてゐる草の熱い匂ひ、そして間もなくすれば夕暮れとなる焦りと寂しさを、その少年が感じるやうに感じ取ることができた。

 その瞬間、胸の奥から強烈な、懐かしい思ひが込み上げて來て、抑へることが出來なかった。私はその場で口を押さえ、嗚咽するのをこらへた。そしてしゃがみ込み、聲を殺して泣いてゐたのだった。

 もう、あの少年のやうに夏を感ずることは出来まい。ただの夢だが、今も鮮明に心に殘ってゐる。

 こんな話を書いたのも、今日、畫像検索をしてゐて、偶然この寫眞を見つけ、懐かしい夢の風景を、再びまざまざと思ひ出したからなのである。

 omotesandou.jpg

 畫像は、現在の表参道ヒルズが建つ前にあった、同潤會アパート(寫眞の出所不明)。建物の雰圍氣や色彩が、夢の風景に近いが、夢の中の建物は、もう少しさっぱりとした、余計なものがないやうな造りだった。そして畫像のやうな横並びではなく、一棟の後ろにもう一棟あるやうな配置だった。そして、こんなに整った道に沿ってはゐなかった。
 

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  • 2007/11/12(月) 00:15:01

 こんな夢を見た。

 見覺えのない連中だったが、何かで意氣投合した。なんだか彼らには、自分の心の内を見られても、一向に構はないやうに思った。

 夕暮れに談笑しながら、低い山に向かふゴンドラに乘り、港町を海から眺める。空が朱く染まり、山が黒く浮き上がって見える。うち解けた穏やかな笑ひ聲を聽きつつ、ふと彼女と一緒に住み始めた頃の窓の景色と、心持ちが蘇った。夏の盛り、蝉の聲、まぶしい太陽、向ひの団地、吹き抜ける風、そして久石譲「ノスタルジア」「紅の豚」のピアノの響き・・・ ささやかな幸せにたどり着けた喜びを再びかみしめ、口に手を當て、むせび泣いた。

 そして映畫が終はるやうに目が覺めた。

  • 2007/09/10(月) 12:36:34

安倍首相「海自の給油活動継続できねば退陣」

 こんな夢を見た。

 どこか大手の會社の面接試驗を、傍らで見てゐる。試驗官の一人は安倍總理だ。

 若い男(轉職らしい)が言ふ。「私はどうしてもこの會社に就職したいのです。もしこの會社で働くことが出來ないのなら、もう私は生きていけません。」

 何を言ってるか、と思ってゐたら、安倍總理が口を開いた。「貴方は、この會社で働かなければ、生きていけないと仰ひましたが、それなら貴方が前の會社で生きていたといふことは、一體何だったのか。」冷静に、しかし早口で、小癪な若者をピシリとやりこめる樣子が、をかしくてしやうがなかった。夢から覺めても、思ひ出しては、吹き出してしまふ。

 私は、調子の良いことを言ったり、大げさに氣分を煽って、一見衆を導いてゐるかのやうに見えて、實は衆に媚び入ってゐるやうな輩よりも、靜かに本質を見抜いて、地道に取り組む安倍總理の姿を貴いと思ってゐる。「美しい日本」といふ言葉は、安倍總理の命がけの覺悟を感じさせられる。考へてもみよ。手品ぢゃあるまいし、ハンカチをかぶせて、1、2、3で「美しい日本」など生まれるはずがないのだ。安倍總理が無能であると責める惡口や批判はあちこちで聞かれるが、さう批判する彼らは、あたかも1、2、3で問題を解決出來るものであるかのやうに語ってゐる。聞いてゐると、虫酸が走る。大言壮語は、自分の言葉に責任を持たない輩の卑怯な常套手段である。

 こんな夢を見たわけがわかった。

  • 2005/07/07(木) 00:10:53

 こんな夢を見た。

 荷物を持って歩いてゐる。どこか郊外にでもゐたやうだ。都心に戻らうとして、連れ(まさぼんさん?)と電車に乘ったつもりが、私だけ逆方向に乘ってしまったらしい。隣の驛で降りたものの、反對方面への乘換が出來ず、さらに隣の驛まで進まねばならないと判る。續いてやって來たのは、電車ではなく、一人乘りのリフト。何の疑問もなく腰掛けたが、電車とは違ひ、ゆつくりと進む。

 足元を見たら、随分高いところを進んでゐることに氣が付いた。突然怖くなり、持ってゐた荷物の一つを落としてしまふ。5mくらゐ下の道路に、箱から飛出したゲルググ(ガンダムに出て來る)のプラモデルが散亂する。トラックが通ったら、木端微塵だ。右の方の土手には、荒れた敷地にドラム缶が積んであり、合間に小汚いプレハブのリサイクルショップが見え、樂器の音が聞こえて來る。次の驛で折り返して、立ち寄ってみようか。

 やがて、大きな川が見えてくる。県境だ。手前の土手には、町工場や倉庫がぎっしり。黒くすすけて見える。川に近づくと、風に吹きさらされ、一層怖くなる。お金の入った鞄をぐっと抱へ、リフトのポールにしがみついた。やがて、どす黒い川をゆっくりゆっくりと渡り始める。何ら遮るもののない足下と、向かう岸とを交互に眺めるが、こちらの願ひには關知なく、同じスピードで、ゆっくりリフトは進む。いよいよ恐ろしくなったとき、工事現場の渡しのやうな金属の板がすぐ下に見えた。長年放ったらかしにされ、頼りない作りだが、少しは氣が落ち着く。

 川を渡ってすぐのところに、驛はあった。驛からは、昔ながらのこぢんまりとした商店街が續いてゐる。學校歸りの女學生、爺さん婆さんが反對の乘場に竝んでゐる。この人達もリフトに乘ることがあるのかと、心配になる。今度はリフトではなく、路面電車のやうな車輌だ。私はもう一度リフトに乘らうとして、一台見送る。次に來たのはゴンドラのやうな小さな車輌。仕方なくこれに乗って、都内に向ふ。

 途中まさぼんさんと再會し、一緒にへいさんのお宅へお邪魔する。何か大事な用があってここまで來たのだが、何だったかが思ひ出せない。へいさんのお子さん(やんちゃな男の子二人)が部屋の中を走り回ってゐるのを見てゐるうちに、うちうやむやになり、目が覺めてゐた。

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